前回に続いて、今回の記事では会社法改正を扱います。会社法改正は、2020年6月17日に可決され、2021年1月1日から施行されています。会社法改正は、さまざまな点を含みますが、本記事では①新たに会社を設立する形でベトナムへの新規進出を行う場合と、②進出を果たし、日々の事業運営を行う場面のそれぞれに関係する改正点とに分けて検討します。1. 新規進出による進出の場面(1)有限会社における機関構成の緩和(監査役設置が任意に)ベトナムには、会社の種類として有限責任会社と株式会社があります。このため、ベトナムに新規進出する際には、有限責任会社と株式会社のどちらの形態で会社を設立するかを決めなければなりません。その考慮要素の一つが、機関構成になります。新会社法では、有限責任会社の機関構成について緩和が図られています。旧会社法では、有限責任会社の機関構成は以下の通りとされており、監査役会、監査役の設置義務が設けられていました。2名以上有限責任会社(旧会社法55条)・社員総会・社長・取締役・監査役会(社員が11名以上の場合)1名有限責任会社(旧会社法78条)・社長(社員が法人の場合は社員総会でも可)・取締役・監査役新会社法においては、国営企業である等の一定の例外を除き、監査役会や監査役の設置義務は削除され、監査役会、監査役の設置は任意となりました。これにより、有限責任会社の機関設計の柔軟性が増したと評価できます。(2)企業登録証の申請のデジタル化有限責任会社と株式会社のいずれの形態とするかを決めたら、会社設立手続を行います。ベトナムにおいて、会社が設立される(法人格を取得する)のは「企業登録証」を取得した時点になります。この企業登録証の申請手続は、オンラインポータルで行うことができるものの、最終的には申請書類を紙で提出する必要がありました。新会社法では、紙での提出義務が削除され、申請がオンラインで完結するようになりした。(3)会社設立時の資本金払込期限の延長企業登録証が取得できたら、新会社で銀行口座を開設し、資本金の送金を行うことになります。新会社法では、資本金払込期限に関して新たな規定が置かれています。会社設立時の資本金払込の期限につき、旧会社法では、企業登録証の発行から90日以内に行う必要があるとされていました(旧会社法48条)。払込が、キャッシュではなく、現物財産(例えば外国の機械等)により行われる場合には、現物財産の輸送や輸入手続等に時間を要し、90日のタイムラインを守ることが難しい事態も生じていました。新会社法においては、90日のタイムラインには、出資財産の輸送や輸入に要する期間や、所有権移転手続完了に要する期間は含まれない旨が明記されました(新会社法47条)。これにより、上記のような事態でも、90日のタイムラインを遵守することが可能となったと評価できます。(4)法定代表者の権利と義務新会社を合弁会社の形態とする場合には、ベトナムパートナー側と、日本企業側とで、1人ずつ「法定代表者」を派遣することもあります。上記の場合、重要な契約については、両方の法定代表者の署名を必要とすることで相互にけん制するということもあります。旧会社法では、有限責任会社および株式会社は法定代表者の人数、タイトル、権利・義務は定款で定めるものとされていました(旧会社法13条)。しかし旧会社法上は、複数の法定代表者がいる場合に法定代表者間の権限分配につき定款の定めがない場合にどのような扱いになるのか、明確な規定はありませんでした。新会社法では、2名以上の法定代表者を設置する場合には、定款で、各法定代理人が持つ権利と義務を明示する事が義務付けられました(新会社法12条2項)。そしてその記載がない場合、各法定代表者は各自が完全な代表権を持ち、連帯して責任を負うものとされました(同条項)。ベトナムパートナー側と日本企業側とで、1人ずつ法定代表者を派遣する場合に、合弁契約において重要な契約につき両者の署名を必要とする旨を定めたが、その旨を定款に定めなかった場合にはどのような帰結になるでしょうか。上記規定に従えば、各法定代表者が(もう一方の法定代表者の署名を得なくても)会社を代表して重要な契約の締結権を持つことになると考えられます。したがって、新会社法下において、法定代表者間で権限を制約し合うアレンジとした場合には、これを定款に落とし込むことが重要となります。(5)デジタル会社印の許容ベトナムでも日本と同様に契約実務において、押印が重視される傾向があります。旧会社法では、会社印を使い始める前に会社印のデザインを事業登録局に提出する必要があるとされていました(旧会社法44条2項)。そして事業登録局は、提出された会社印のデザインを国家事業登録ポータルに掲載するものとされていました(旧会社法同条項)。このような仕組みにより、いわゆる実印であるかを確認でき、契約の真正を示すことができました。これらの旧会社法上の規定は、会社印はフィジカルな印鑑であることが想定されていたように思われます。これに対し、新会社法では、フィジカルな印鑑だけでなくデジタルな印鑑を用いることができる旨が明確にされました(新会社法43条1項)。同時に、会社印のデザインにつき事前に事業登録局に提出しなければならないという規定は削除され、会社印について特段の事前登録は不要になったように思われます。これにより、会社がフィジカルな印鑑を管理する事務負担が減り、盗難のリスクも減少するように思われます。しかし、会社印の登録制度がなくなることで、契約な真正をどのように確認するのかという点については疑問が残ります。新会社法では、デジタル会社印の使用は「電子取引法」に従うとされています。電子取引法上は、電子押印の有効性を担保できるサービスプロバイダーが提供する電子押印をもって正式な押印とすることができます。そうすると、契約の真正の確保については、サービスプロバイダーが一定の役割を担うことが想定されているように思われます。2. 会社運営の場面(1)株式会社における株主総会の要件の変更a. 普通決議の要件の変更旧会社法においては、株式会社において株主総会を開催するためには、総議決権の51%以上を有する株主の出席が必要とされていました(旧会社法141条1項)。そして、株主総会決議を可決するためには、普通決議については出席株主の51%以上の賛成が必要とされていました(旧会社法144条2項)。新会社法では、株主総会を開催するための要件が、51%以上から50%超に変更されています(新会社法145条1項)。また、普通決議を可決するための要件も、出席株主の51%以上から50%超に変更となっています。単純な多数決の原理からすると、「51%以上」という基準は不自然であるように思われます。今回の改正で多数決原理としてより自然な「50%超」(過半数)とされたものと評価できます。b. 優先株への不利益変更に関する決議要件(ア)特別決議(新旧会社法で変更なし)旧会社法・新会社法に共通して、株主総会決議事項には出席株主の議決権65%以上の賛成を必要とする特別決議があります(この点については、新旧会社法で変更はありません)。特別決議は、新旧会社法いずれにおいても、以下の事項とされていました。• 株式の種類、各種類株式の総数に関する事項• ビジネスラインの変更• 機関構成の変更• 最新の財務諸表に記載された総資産額の35%超(定款でより小さいパーセンテージを定めることも可能)の投資・財産譲渡を行う場合• 会社のリストラクチャリング、清算• その他定款で定める事項(イ)優先株式への不利益変更の場合の要件の新設新会社法において、新たに、優先株式への不利益変更を行う場合の要件が規定されました。新企業法(新企業法148条)では、優先株式の保有者にとって不利な変更を行う場合には、同種の優先株式保有者の75%以上による同意が必要とされています。日本の投資家によるベトナム企業への投資に際しては、優先株式が用いられることもあります。上記規定の新設により、投資家が取得した優先株主の内容が一方的に変更されることは難しくなったといえます。このため、上記規定は、日本投資家にとってポジティブなものととらえられるように思われます。(2)株主の機密保持義務旧企業法では会社の取締役、法定代理人、監査役は情報の機密保持義務を負っていました。もっとも、株主による機密保持義務に関しては明示されていませんでした。新会社法では、新たに「株主は会社から提供を受けた情報につき守秘性を守らなければならず、第三者に対して提供してはならない」趣旨が規定されました(新会社法119条5項)。これにより、株主の守秘義務が明記されたことになります。例えば、日本企業がベトナム企業の株式を譲渡することを検討している場合に、買手候補に対して会社の財務情報や事業計画等を提供してしまうと、上記守秘義務違反となる可能性があり、注意が必要となります。3. まとめ以上の通り、基本的には会社法改正は機関構成の柔軟化やデジタル化による負担の軽減など、日本企業にとってポジティブなものと評価できるように思われます。この記事は、ベトナムの法律事務所であるVenture North Lawに所属するHa Thi Dung弁護士の協力を得て作成しています。